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カンテクの実話を史実で検証【モデルは憲宗と慶嬪金氏】

ドラマ「カンテク」は、王妃選び「揀択(カンテク)」を軸に描かれた宮廷ドラマですが、実話ではありません。

この記事では、「カンテク」が参考にした史料をもとに、次の点について整理し、詳しく解説します。

・どこまでが実話に基づくのか
・主要人物のモデルは誰なのか

カンテクの実話

物語には、19世紀前半の朝鮮王朝で実際に起こった勢道政治(外戚による政治)、王妃選び、側室選び、そして特定の王の生涯が色濃く取り込まれています。

特に、
・朝廷を支配した安東金氏と豊壤趙氏の対立
・若くして即位した憲宗の治世
・最後に公式に選ばれた側室・慶嬪金氏

といった史実は、ドラマ設定の重要な土台になっています。

ここからは、ドラマが参考にしたと考えられる史実を、時系列で整理していきます。

安東金氏が朝廷を独占(勢道政治)

1802年、純祖は金祖淳(安東金氏)の娘を王妃に迎えます。この王妃が純元王后です。

純祖の即位後、外戚となった安東金氏一族は、朝廷の要職を独占し、政権を掌握していきました。純元王后自身も、実家の権力拡大に深く関与したとされています。こうして、外戚が朝廷の重要な官職を専有する勢道政治が始まりました。

ドラマで朝廷を牛耳るキム氏一族のモデルはこの安東金氏の一族です。

<豆知識>勢道政治とは
外戚(王妃の親族)が朝廷の重要な官職を専有して政権を独占する政治形態。

豊壌趙氏の躍進

安東金氏の専横に悩まされた純祖は、対抗勢力として豊壤趙氏一族に目を向けます。

1819年、純祖は息子・孝明世子を豊壤趙氏出身の女性と結婚させます。この女性が後の神貞王后です。

純祖は豊壤趙氏の一族を朝廷の要職に登用し、一時的に安東金氏の勢力を抑えることに成功しました。

ドラマでキム氏一族と対抗するチョ氏一族のモデルが豊壌趙氏の一族です。

純祖の逝去と憲宗の即位

1830年、息子の孝明世子が純祖より先に亡くなり、その結果、1834年に純祖が崩御すると、孝明世子の息子・憲宗が即位しました。

この時、憲宗はわずか8歳だったため、祖母の純元王后(安東金氏)が垂簾聴政を行い、再び安東金氏が実権を握ります。この若年即位の王・憲宗が、ドラマの王イ・ギョンのモデルと考えられます。

1837年、純元王后は一族の権力基盤を固めるため、10歳の憲宗に親族出身の孝顕王后を迎えさせますが、彼女は16歳で早世してしまいました。

憲宗の継室選び

1844年に孝顕王后が亡くなると、王妃を選ぶ揀択が行われ、純元王后の主導で孝定王后が選ばれました。

※揀択(カンテク):王や世子の妃(正室/側室)を選ぶ制度

しかし、3年経っても世継ぎは生まれず、1847年、危機感を抱いた純元王后は側室選びの揀択を命じます。そこで選ばれたのが金在清の娘・慶嬪金氏でした。

彼女は豊壤趙氏と関係の深い光山金氏出身でした。王妃選びが安東金氏主導だったことを考えると、側室選びでは政治的妥協があったと見ることもできます。

慶嬪金氏は公式に選ばれた最後の側室で、ドラマのウンボのモデルと考えられます。

慶嬪金氏について詳しいことはこちら>>慶嬪金氏の家系図【憲宗から異例の寵愛を受けた側室】

憲宗の異例の寵愛

憲宗は慶嬪金氏を深く寵愛しました。

翌年には、昌徳宮内に慶嬪金氏のための住居・錫福軒(ソッポゴン)を新築し、自身の書斎・樂善齋(ナクソンジェ)の隣に置いています。

憲宗が寵愛する慶嬪金氏のために建築した錫福軒の画像<錫福軒の外観>

側室の住居を王の私的空間の隣に建てることは極めて異例でした。このことからも、憲宗の寵愛の深さがうかがえます。

しかし、1849年、憲宗は23歳で逝去します。慶嬪金氏が側室に選ばれてから、わずか2年後のことでした。

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野史によるエピソード

女官の口伝とされる野史には、継室選びの場で憲宗が慶嬪金氏に心を奪われ、新たな王妃を迎えてからも彼女を忘れられなかったという話が残っています。そして三年後、孝定王后に子ができないことを理由に、憲宗が慶嬪金氏を側室に迎えたと伝えられます。

いかにもドラマ的な逸話ですが、公式記録に残る再揀択の候補者の中に金在清の娘(慶嬪金氏)の名はなく、この話は事実と確認できません。

後世の創作と考えられ、このような野史的要素が「カンテク」の物語に生かされた可能性が高いでしょう。

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謀反人のイ・ジェファは哲宗がモデル?

史実では、憲宗が後継者を残さず崩御すると、純元王后は豊壤趙氏に先手を打ち、江華島に流されていた王族・元範を王位に就けました。これが第25代国王・哲宗です。

哲宗は流刑地で農業をして暮らしており、政治経験はまったくありませんでした。純元王后はそれを理由に再び垂簾聴政を行います。

ドラマで、王の死後に流刑地から呼び戻され、次期王候補となるイ・ジェファの設定は、この哲宗の境遇を強く連想させます。

登場人物のモデル

ドラマ「カンテク」に登場する主要な人物は、実在した人物をモデルにしています。

役名 実在のモデル 史実
カン・ウンボ 慶嬪金氏 憲宗が寵愛した側室
イ・ギョン 憲宗 第24代国王
大王大妃ミン氏 純元王后 憲宗の祖母、金氏一族
大妃キム氏 神貞王后 憲宗の母、趙氏一族
イ・ジェファ 哲宗 第25代国王
キム氏一族 安東金氏の一族
チョ氏一族 豊壤趙氏の一族

史実では、憲宗の母親の神貞王后は豊壌趙氏一族の出身、祖母の純元王后は安東金氏の出身ですが、ドラマでは、母親と祖母の出身を入れ替えてドラマ用に再構成されています。

史実と創作の整理

ドラマ「カンテク」は史実を巧みに取り込んだ創作物語です。ここでは、物語の史実に基づく要素と創作・脚色された要素を整理しています。

史実に基づく要素

・勢道政治と外戚支配
・安東金氏と豊壤趙氏の対立
・憲宗の即位と短命
・慶嬪金氏という側室の存在
・哲宗という後継王の出現

創作・脚色された要素

・王妃選びに王が介入する展開
・双子のウンボとウンギの存在
・恋愛中心の揀択劇
・王の暗殺未遂
・黒幕中心の陰謀劇

まとめ

ドラマ「カンテク」は実話ではありません。

しかし、その主要設定には、憲宗期の勢道政治、揀択制度、慶嬪金氏の存在といった確かな史実が組み込まれています。

史実を知ることで、ドラマの設定や人物関係が、どの史実をもとに、どこから創作されたのかが明確になります。

史実との違いを意識して見ることで、ドラマ「カンテク」をより深く理解できるでしょう。

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