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イ・サンのヒョイ王妃(孝懿王妃)の史実【徳妃の暗殺疑惑と最後】

イ・サンに登場するヒョイ王妃は温和で謙虚、バカが付くほど真面目な王妃でした。

イ・サンのヒョイ王妃には密かに暗殺計画が実行されようとしていました。

暗殺疑惑は本当にあったのか?

ヒョイ王妃の最後は?

朝鮮史上最高の徳妃と称されるヒョイ王妃について詳しく調べてみました。

 

ヒョイ王妃の暗殺疑惑は本当?

ヒョイ王妃に暗殺計画があった事実はありません。

ドラマ「イ・サン」では、ホン・グギョンが自分の妹が死んだのはヒョイ王妃の仕業であると思い込みます。

また、ヒョイ王妃に弱みを握られたホン・グギョンが遂にヒョイ王妃暗殺計画を実行します。

 

これはあくまでもフィクションです。

しかし、ヒョイ王妃の暗殺疑惑が本当のように語られるのには理由があります。

 

それは、正祖の母親の恵慶宮が書いた「閑中録」の中に、ホン・グギョンがヒョイ王妃が妹の元嬪の毒殺を疑っていたとの記述があるからです。

閑中録には、ホン・グギョンがヒョイ王妃の女官を捕まえて元嬪の毒殺について尋問し、極刑にしたという記録があります。

ドラマ「赤い袖先」は、この記録をもとに創作されています。

 

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ヒョイ王妃の最後

ヒョイ王妃は1800年にイ・サンが亡くなってから21年生きた1821年に69歳で亡くなりました。

養子に迎えた玜(コン)が純祖として王になっている時期です。

徳のあったヒョイ王妃のことなので、晩年はひっそりと静かに暮らしたと思われます。

 

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ヒョイ王妃(孝懿王妃)の史実

ヒョイ王妃は温和で謙虚、親孝行な王妃として朝鮮王朝でも最高の徳妃と言われています。

どこを探しても、ヒョイ王妃を悪く書いた史実は見当たりません。

 

ヒョイ王妃は3大徳妃の一人

朝鮮王朝で最も徳のある3大徳妃としても知られています。

<3大徳妃>
・昭憲王后(ソホンワンフ)
第4代国王・世宗の王妃
・仁顕王后(イニョンワンフ)
第19代国王・粛宗の王妃
・孝懿王妃(ヒョウィワンフ)
第22代国王・正祖の王妃

 

<豆知識>徳妃とは
「徳のある人」とは、すぐれた品性と人格をもった人です。つまり、徳妃とは王妃としてのすぐれた品性と人格をもっていることを示します。朝鮮王朝の王妃は今の大学院以上の教育を受け、高い教養を持ち、花嫁修業を積む必要がありました。徳妃は更に、持って生まれた品性や人格が備わった、誰からも尊敬された王妃であったと思われます。

 

ヒョイ王妃のプロフィール

ヒョイ王妃は英祖の意向で10歳のときに正祖の世孫嬪となりました。

実は、義理の父の荘献世子が米びつに閉じ込められたときには、正祖とヒョイ王妃は既に結婚していたんです。

<ヒョイ王妃のプロフィール>
生年:1753年12月13日
没年:1821年3月9日
父親:金時黙
母親:唐城府夫人洪氏
兄:金基大
兄:金基種
配偶者:正祖(第22代国王)
子女:なし
養子:純祖(第23代国王)

ヒョイ王妃は嫁いですぐに義理の父が殺されるという厳しい現実に直面しました。

更に、ヒョイ王妃には多くの苦難が待っていました。

裏で権力を握る義祖母の貞純王后、厳しい姑の恵慶宮、義父の姉妹である和緩翁主など、一癖も二癖もある女性に囲まれていたのです。

 

こうした女性たちにもヒョイ王妃は真摯に尽くし、宮中の誰もが感心したと伝えられています。

まさに、イ・サンでパク・ウネが演じたヒョイ王妃のイメージです。

ヒョイ王妃の史実について更に詳しいことは>>孝懿王后の家系図【徳妃の温厚で優しい性格の裏の辛い生涯】を御覧ください。

 

イ・サンでヒョイ王妃役のパク・ウネ

宮廷女官チャングムの誓いのヨンセン役で、日本でも一躍注目を集めたパク・ウネです。

 

パク・ウネのプロフィール

2008年4月に4歳年上の事業家と結婚して、2011年に双子を出産しました。

一時芸能活動を休止していましたが、2014年から復帰しています。

2018年9月に離婚してシングルマザーになりましたが、子育てと芸能活動の両輪で活躍を続けています。

<パク・ウネのプロフィール>
生年月日:1978年2月21日
(2025年02月05日現在、46歳)
出生地:京畿道仁川市(現:南済島)
身長:165cm
血液型:O型
1998年に映画「チャン」で芸能界デビュー

 

パク・ウネが出演した時代劇ドラマ

最近では、大ヒットしたドラマ「恋慕」でチョン・ジウンの母親役として出演しました。

宮廷女官チャングムの誓い
 (2003年、イ・ヨンセン)
イ・サン(2007年、孝懿王后)
客主〜商売の神〜
 (2015年、チョン・ソレ)
恋慕(2021年、キム氏夫人)

 

まとめ

ヒョイ王妃は温和で謙虚、3大徳妃と称される王妃でした。

しかし、残念なことに正祖との間には子供をもうけることはできませんでした。

正祖から寵愛を受けたとは思われませんが、決して仲が悪かった訳ではないようです。

ヒョイ王妃は正祖にとって国を治めるための最高のパートナーだったのではないでしょうか。

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