ドラマ『哲仁王后 俺がクイーン!?』は、奇想天外な展開が見どころですが、登場人物の多くは実在した歴史上の人物に基づいています。
史実を巧みに織り交ぜたこの作品をより深く楽しむには、彼らの実像を知ることが欠かせません。
この記事では、主要登場人物とそのモデルとなった人物を、図解を交えて分かりやすくご紹介します。
実在のモデルを図解で解説
物語は第23代王・哲宗の王妃・哲仁王后を中心に展開され、多くの実在したモデルが登場しています。
登場人物と実在モデルの一覧
登場人物 | 実在モデル | 備考 |
哲仁王后 | 哲仁王后 | |
哲宗 | 第25代王・哲宗 | |
大王大妃 | 純元王后 | 第23代王・純祖の妃 |
キム・ジャグン | 金左根(キム・ジャグン) | 純元王后の弟 |
キム・ビョンイン | 金炳冀(キム・ビョンギ) | 金左根の養子 |
永平君 | 永平君 | 哲宗の兄 |
チョ大妃 | 神貞王后 | 第24代王・憲宗の母 |
キム・ムングン | 金汶根(キム・ムングン) | 哲仁王后の父 |
家系図で見る関係性
登場人物を哲宗の家系図に当てはめてみると、哲宗と登場人物の関係が一目でわかります。
<登場人物を当てはめた哲宗の家系図>
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物語は、哲宗が王位に就いた後に、哲仁王后が王妃に選ばれた1851年頃の時期から始まります。この時代、朝廷の実権は安東金氏の一族が掌握していました。
安東金氏について詳しくはこちら>>安東金氏の家系図から分かる【3人の王妃による黄金時代の構築】
政権の中心人物は以下の通りです。
大王大妃:純元王后
その弟:金左根(キム・ジャグン)
哲仁王后の父:金汶根(キム・ムングン)
ドラマ内では「安東金氏」は「安松キム氏」と名前を変えて登場しています。
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ドラマは実在した人物や史実に、創作した物語を巧みに組み込んだフィクションです。
そこで、以下では、登場人物ごとに事実とドラマの違いを解説して生きます。
哲宗|実像は「無学で従順な王」
ドラマでは、純元王后に操られながらも、裏では懸命に金氏一族に立ち向かう聡明な哲宗の姿が描かれています。
しかし、史実の哲宗は流刑地から呼ばれた無学の王であり、何事も金左根にお伺いをたてるほど政治には無知だったといいます。
詳しくはこちら>>哲宗の家系図で知る【驚き!お飾りの国王はお百姓だった】
哲仁王后|物静かで政治に関与せず
ドラマでは、男の魂が憑依した破天荒なキャラクターですが、実在した哲仁王后は口数も少なく、物静かな王妃でした。
また、政治にに介入することもなく、側室と争った記録もありません。
詳しくはこちら>>哲仁王后の家系図【お飾りの王様に嫁いだ安東金氏の王妃とは】
金汶根|権力の中心にいた父
哲仁王后の父・金汶根(キム・ムングン)は、ドラマでは頼りない父親として描かれますが、実際には哲宗を推戴して安東金氏の権力を復活させた実力者でした。
摂政として実権を握り勢力を拡大する一方、汚職に手を染め私腹を肥やしたとも言われています。
永平君|王族の儀礼を担う兄
江華島で哲宗とともに暮らしていた兄も、王族に復帰、李昱(イ・ウク)の名前が与えられました。
ドラマでは 哲宗の身辺警護をする禁衛大将として登場しますが、史実では王室の儀礼(婚姻、葬儀、封爵など)を担当する宗戚執事の職務を努め、政治には関与しませんでした。永平君の称号を与えられ、75歳まで長生きしています。
このように、ドラマ「哲仁王后」では史実の人物関係や出来事をベースにしつつも、視聴者を惹きつけるための創作が随所に加えられています。ドラマと史実の違いを知ることで、物語の奥行きや脚色の意図が見えてきます。
大王大妃とチョ大妃の争いは本当?
ドラマでの繰り広げられた大王大妃とチョ大妃の対立は実話に基づいています。王権をめぐる豊壌趙氏と安東金氏の派閥抗争が背景にありました。
<大王大妃(左)とチェ大妃(右)>
純祖(大王大妃の夫)が安東金氏の勢力を抑えようと、息子(孝明世子)の嫁に豊壌趙氏のチョ大妃(神貞王后)を迎えますが、孝明世子もその息子の憲宗も若くして亡くなり、安東金氏が勢力を盛り返します。
ドラマで、起死回生を狙うチョ大妃の祈祷所に飾られていいた肖像画は息子の第24代王・憲宗のものです。
側室たちは実在したのか?
ドラマには、哲仁王后を敵視する宜嬪(ファビン)という人物が登場しますが、彼女は実在しない架空のキャラクターです。
実際に哲宗には側室・貴人趙氏(チョ氏)がいましたが、彼女の本貫は平壌趙氏でした。平壌趙氏は、平壌を本貫とする別系統の趙氏一族で、チョ大妃(神貞王后)の豊壌趙氏とは家系が異なります。
また、ドラマではカンテクで選ばれた3人の側室(淑儀の位)が登場します。
史実でも、「淑儀」の位の側室が3人存在していますが、彼女たちに関する資料は少なく、史実をヒントに創られた架空の人物と見られます。
ドラマのその後|安東金氏の終焉
史実では、安東金氏の権力の前に無力を知った哲宗は酒と女に溺れ、34歳の若さで亡くなっています。
哲宗の死後、朝廷は再び後継者選びに追われ、今度は神貞王后(ドラマのチョ大妃)が興宣大院君と組んで高宗を擁立させました。
これを機に、興宣大院君は安東金氏を粛清、ドラマでは権勢を誇っていた勢道政治は遂に終焉を迎えています。
まとめ
ドラマ「哲仁王后」は奇想天外なコメディの中に、実在の人物や史実が巧みに織り込まれた作品です。
登場人物たちの背景や実像を知ることで、物語の奥深さや時代背景がより鮮明に見えてきます。
この記事を通してドラマと史実の違いを知り、作品を単なる娯楽としてでなく、歴史的な視点からも深く味わえるようになれば幸いです。