サイムダンの初恋の人・イギョム(宜城君)のモデルは実在しました。
この記事では、モデルとなった画家・李巌(イ・アム)の人物像、作品、そしてドラマとの違いまで詳しく解説します。
イギョムのモデルは王族出身の画家・李巌
李巌(イ・アム)は朝鮮王朝時代に活躍した王族出身の画家です。彼の代表作である「母犬図」はドラマの中で効果的に使われていました。イギョム(宜城君)がサイムダンに送ったのがこの絵でした。
<李巌の作「母犬図」>
生年:1499年(または1507年)
没年:1566年
官職:杜城令(正五品)
祖父:亀城君
李巌の家系図|王族だが不遇の家系
李巌(イ・アム)は、第4代国王・世宗の血を引く王族です。

当サイト「雲の上はいつも晴れ」が独自に作成した家系図
<李巌の家系図>
彼の祖父の亀城君は1467年の李施愛の乱で活躍、若くして領議政にまで上り詰めた人物で世宗の孫にあたります。
しかし、王族の政治参加は政権奪取の危険とされ、亀城君は謀反の罪で流刑。流刑地で病死しています。以後、王族の政治関与は禁止されました。
ドラマの中で、「イギョム(宜城君)は謀反の罪を犯した亀城君の孫」と大臣たちが話している場面がでてきます。
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宋の毛益の画法を学びましたが、実際には韓国的な独特の雰囲気を漂わせる画風が特徴です。特に、花や竹、鳥獣図が得意でした。
李巌の画家として技術の高さは、承政院から李上佐とともに中宗の肖像を描く画家に推薦されたことでも分かります。
杜城令 巖善畫, 私奴上佐亦善畫, 竝令參畫何如?
<仁宗実録 1545年1月18日から抜粋>
また、李巌の絵画は日本にも伝わり、俵屋宗達の犬の絵にも影響を与えました。
犬の絵で知られる李巌の代表的な作品
李巌は当時から画家として高い評価を得ており、日本でも完山静仲(かんざんせいちゅう)の名で知られています。数少ない李巌の絵画ですが、2点ばかり日本にも存在しています。
・花下狗子図(日本・日本民藝館)
・双狗子図(日本・個人蔵)
・母犬図(韓国・国立中央博物館)
・花鳥狗子図(韓国・湖巌美術館)
・花鳥猫狗図(北朝鮮・平壌美術館)
・花鳥双雁図(北朝鮮・平壌美術館)
<李巌の絵画>
李巌とサイムダンの関係は?
ドラマでは恋愛関係に描かれたイギョムとサイムダンですが、史実上は両者に接点はありません。つまり、恋愛はフィクションの演出であり、実際には出会った記録も残っていません。
ドラマに登場する「安堅の金剛山図」は実在したのか?
ドラマでイギョムがサイムダンに贈ったとされる「金剛山図」は、安堅(アン・ギョン)の作品として登場しますが、実際には存在が確認されていません。
絵のモデルとなったと考えられるのは、安堅が理想郷を描いたとされる「夢遊桃源園」です。長い間行方不明になっていましたが、現在は天理大学附属図書館に所蔵されています。
<安堅の夢遊桃源園>
謎に包まれた絵師・安堅
安堅(アン・ギョン)は忠清南道池谷出身で、世宗の時代に活躍した実力派の絵師です。本貫は池谷可度(チゴクカド)で、朝鮮三大画家の一人と称されるほどの才能を持ちながら、現存する作品はわずかです。
図画院で正四品に昇り、安平大君にも重用されましたが、生涯の詳細はほとんど謎に包まれています。ドラマ上では「伝説の画家」として象徴的に描かれました。
ドラマと史実のイギョムを比較
ドラマの設定と実在モデルはどこが違うのか、主要ポイントを整理しました。
比較項目 | ドラマのイギョム | 史実の李巌 |
身分 | 王族・画家 | 王族・画家 |
名前 | イギョム(宜城君) | 李巌(イ・アム) |
サイムダンとの関係 | 初恋の人 | 接点なし |
活躍した時代 | 16世紀中頃 | 16世紀中頃 |
絵の特徴 | 犬の絵など情緒的な作品 | 韓国的な独特の雰囲気。鳥獣図が得意 |
安堅との関係 | 金剛山図を贈る | 関係なし。金剛山図は存在せず |
まとめ
サイムダン(師任堂)の初恋の人イギョムのモデルは李巌(イ・アム)です。李巌が描いた犬の絵「母犬図」がドラマにも登場しています。
李巌は謀反の罪で流刑になった亀城君の孫でしたが、中宗の肖像を描く画家に推薦されるほど評価の高い画家でした。
もちろん、サイムダン(師任堂)と李巌の間には出会いも恋愛関係はありませんでした。