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トンイのウナク(雲鶴)の正体は郭始徵【実在した英祖の師】

トンイのクムの師匠であるウナク(雲鶴)のモデルは郭始徵(クァク・シジン)です。

この記事では、クム(英祖)が後に名臣であったと言わせた郭始徵の人物像や生涯、郭始徵の師匠、さらにウナク役を演じたメン・サンフンについて詳しく解説します。

トンイのウナク(雲鶴)のモデルとは?

トンイに登場するウナク(雲鶴)ことキム・グソンのモデルは郭始徵(クァク・シジン)です。郭始徵は朝鮮後期の学者で、宋時烈(ソン・シヨル)の弟子でした。

実際に、朝鮮王朝実録の粛宗実録(1708年1月)には郭始徵がクムの先生であったことが記録されています。

陳王子師傅郭始徵
<引用元:粛宗実録1708年1月25日>

<訳>陳王子(延礽君/クム)の師匠である郭始徵

また、英祖実録(1757年10月)では英祖が「郭始徵が甘盤(中国の王・武丁の名臣)のような人物であった」と述べています。このことからも、郭始徵が延礽君の大切な師匠であったと思われます。

<郭始徵のプロフィール>
生年:1644年
没年:1713年
1694年に官職をやめて、野に下る
1703年に王子師傅を務める

才能がありながら官職に嫌気がさして、野に下り、学問に専念した郭始徵です。ドラマでは、その人格がクムの師匠のモデルとして十分に生かされています。

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ウナクの師匠は実在した宋時烈

ドラマ第56話では、ウナクが延礽君を師匠が眠る寺に案内します。

実はこの師匠も史実の人物で、宋時烈(ソン・シヨル)でした。宋時烈は1633年に科挙に合格し孝宗の師となり、右議政・左議政を歴任します。

しかし、宋時烈が1689年に粛宗と元子問題で対立し流刑になると、郭始徵は官職を離れ学問に専念。多くの弟子を育てますが、やがて延礽君の教育を担いました。

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ウナク役を演じたメン・サンフン

ウナク(雲鶴)を演じたメン・サンフンは、イ・ビョンフン監督作品の常連俳優です。

監督から「ドラマをしっかり仕上げるために力を貸してほしい」と依頼を受けたそうで、長年の信頼関係があったため役柄について特に打ち合わせは不要だったといいます。

<メン・サンフンのプロフィール>
生年月日:1960年10月29日
(2025年10月13日現在、64歳)
身長:175cm
血液型:A型
学歴:京畿大学仏文科
奥さん:俳優のムン・ヨンミンの妹

メン・サンフンの役柄の特徴として、ほとんどの役で主人公を助ける「良い人」を演じることが多く、監督作品には欠かせない存在です。

<出演する代表的な時代劇>
・オクニョ 運命の女 (2016年)
・馬医(2012年)
・トンイ(2010年)
・イ・サン(2007年)
・チャングムの誓い(2003年)

まとめ

トンイに登場するクムの師匠ウナク(雲鶴)のモデルは郭始徵で、英祖(クム)の教育に大きく貢献した人物でした。ドラマにおいて郭始徵の人格と教育姿勢がウナクの描写に生かされていることがわかります。

また、郭始徵はクムにとって重要な師匠でした。頭が良く、勉強の好きだった英祖にとって、郭始徵は掛け替えのない先生だったと考えられます。

ウナク役を演じたイ・ビョンフン監督の常連俳優メン・サンフンの存在も、ドラマの信頼性と説得力を支えています。

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