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ホジュンの妻ダヒは最後どうなったのか?【史実を徹底調査】

ドラマでは、妻ダヒがホジュンの最後を見届ける感動的なシーンで終わっています。

実際には、残された彼女はどのような最期を迎えたのでしょうか?

史実の妻ダヒを詳しく掘り下げていきます。

ホジュンの妻ダヒの最後

ドラマでは、ホジュンは流刑地から戻り、再び、ダヒと共に医院を始めますが、最終的に伝染病にかかり亡くなります。

そして、妻ダヒがその葬儀に参加する姿が最後に描かれてドラマは終わっています。

実は、史実において妻ダヒがどこで、どのように亡くなったのか記録は一切残っていません。

そもそも、ホジュン自身も、いつ、どのように亡くなったのか不明で、亡くなった年が1615年であることだけが分かっています。

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並んで埋葬されたホジュンとダヒ

1991年9月30日、古文献研究家の李亮載らが軍隊の協力を得て、ホジュンと妻ダヒのお墓を発見しました。

場所は北朝鮮との国境付近で、「陽川許氏族譜」に記録された文字を頼りに調査が行われました。

発見された当初は、荒れ果てた状態でお墓の原型は見られませんでしたが、その後、きれいに復元されています。

ホジュンと妻のお墓

<許浚と妻のお墓>

墓は2つ仲良く並んで埋葬されており、右側が妻ダヒのもので、ホジュンと妻ダヒが最後まで一緒にいたことに深い感銘を受けます。

上段の奥に見える墓は母親のお墓と考えられ、ドラマ同様に3人は最後まで一緒だったことが分かります。

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ダヒという名前は本名ではない?

ダヒはホジュンの族譜に「夫人安東金氏」と記録されています。

安東金氏は韓国の名門氏族であり、史実のダヒも大司憲の高官を父に持つ両班の娘でした。

ホジュンの族譜に記載された夫人

<ホジュンの族譜に記載された夫人>

しかし、「ダヒ」という名前はどこにも登場しません。これは、当時の族譜文化では女性の実名を記載しないという背景があるからです。

従って、ダヒは架空の名前です。ホジュンの妻は少なくとも姓はキム氏だったことになります。

なぜ女性の名前は族譜に記録されないのか?

朝鮮王朝時代の族譜は、儒教的な家父長制度の影響を色濃く受けており、女性の名前を記録することはほとんどありませんでした。

女性は「誰の娘か」「誰の妻か」といった情報のみを家系図に記録されていたのです。

そのため、ホジュンの妻も「安東金氏」という氏族名だけが残り、「ダヒ」という名前はドラマの創作と考えられます。

妻ダヒの史実とドラマの違い

ホジュンの妻ダヒに関する史実とドラマの違いを比較しました。

項目 ドラマ 史実
名前 ダヒ(架空) 安東金氏(氏族名)
身分 両班 両班
最期 ホジュンの葬儀に参加 記録なし
死因 描写なし 記録なし
描写なし 北朝鮮との国境で発見

ドラマは史実にフィクションを織り交ぜて脚本化されていますが、史実と照らし合わせることで、より深い理解が得られます。

ダヒを演じた女優

ダヒは「ホジュン宮廷医官への道」とリメイク版の「ホジュン伝説の心医」に登場しています。

最初のダヒ役はホン・チュンミン、リメイク版はパク・ウンビンが演じました。

「宮廷医官への道」のホン・チュンミン

ホン・チュンミンは、オーディションでダヒ役に大抜擢され、最初は演技力に課題がありましたが、物語が進むにつれて演技も評価されるようになりました。2009年の結婚後は活動を休止しています。

「伝説の心医」のパク・ウンビン

今やアジアでも大人気女優のパク・ウンビンは、少女の面影が残るころから初老までの幅広い年齢のダヒを熱演しました。時代劇での代表作を見るならば、「ホジュン」が一番のおすすめです。

まとめ

ホジュンの妻ダヒの史実の最後の記録は不明ですが、ホジュンのお墓にともに埋葬されていることから、2人が最期まで寄り添っていたことは確かです。

ドラマでは、ホジュンを支え、葬儀にまで立ち会うダヒの姿が描かれ、視聴者に強く印象を残しました。

歴史に残る記録は少ないものの、ホジュンの偉大な功績を影で支えたダヒの献身的な姿は視聴者の心に強く刻まれたことでしょう。

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