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	<title>ホジュン</title>
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	<item>
		<title>ホジュンのイェジンは実在したのか？【ドラマの裏話に迫る】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshis]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 14 Jun 2025 01:24:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[韓国時代劇ドラマ]]></category>
		<category><![CDATA[ホジュン]]></category>
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					<description><![CDATA[ドラマ「ホジュン」に登場するイェジンには実在した人物か？ 「ホジュン」で一躍、人気を得たイェジンの登場背景から製作の裏話まで詳しく解説します。 イェジンは実在した人物か？ ドラマ「ホジュン」に登場するイェジンは、実は、歴 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ドラマ「ホジュン」に登場するイェジンには実在した人物か？</p>
<p>「ホジュン」で一躍、人気を得たイェジンの登場背景から製作の裏話まで詳しく解説します。</p>
<h2>イェジンは実在した人物か？</h2>
<p>ドラマ「ホジュン」に登場するイェジンは、実は、歴史上の人物ではなく創作された架空の人物です。</p>
<p>脚本家のチェ・ワンギュは60話以上の物語を作るにあたり、ホジュンとダヒの夫婦関係だけ物語を描くのは困難と判断しました。そこで、イェジンを登場させたそうです。</p>
<p>ホジュンの史実に加えて、新たな恋愛要素を取り入れ、物語に深みを持たせる狙いがありました。</p>
<p>実は、イェジンは途中で亡くなる予定でしたが、視聴者の反響が予想以上に大きく、最後まで登場することなったといいます。</p>
<h2>ドラマの最終回｜イェジンはどうなる？</h2>
<p>イェジンが女の子を連れて、ホジュンのお墓を訪れるシーンでドラマは終わります。</p>
<p>彼女が最後まで医療に携わっていたかは不明ですが、最後まで独身であったことは間違いないようです。</p>
<p>この余韻を残す最終回の結末に対して、視聴者からは「切ない」「美しい」といった声が多く寄せられました。</p>
<p>イェジンと少女が河原を歩くシーンは脚本家・チェ・ワンギュのお気に入りのシーンだそうです。</p>
<h2>ホジュンはイェジンを愛していたのか？｜俳優が語った裏話</h2>
<p>もともとのシナリオにはホジュンとイェジンのラブストーリーが存在していました。しかし、偉大な医師になるという目標のために、最後まで心を打ち明けない設定に変更されました。</p>
<p>従って、物語におけるホジュンの心の内を知ることはできませんが、ホジュンを演じたチョン・グァンリョルは「ホジュンはイェジンを心の底から愛していた」とインタビューで述べています。</p>
<p>脚本には描かれなかった“想い”を込めて、チョン・グァンリョルはホジュンを演じていたと考えられます。</p>
<h2>ユ・ドジは実在した人物？｜イェジンを愛したライバル</h2>
<p>秀才の医官ユ・ドジは、創作された架空の人物です。彼を強い存在として描くことで、ホジュンの生涯にわたるライバルとして物語に緊張感をもたらしました。</p>
<p>ユ・ドジの存在によって、物語はより波乱に富んだ展開となり、ホジュンとの出世争いは見応えのあるものになりました。</p>
<p>また、イェジンやユ・ドジといった架空の登場人物たちが加わることで、ホジュンの物語には厚みが増し、より感動的に描かれています。</p>
<h2>イェジン役は最初、イ・ヨンエだった｜配役の裏話</h2>
<p>イ・ビョンフン監督が考えたイェジン役は、最初はチャングムのイ・ヨンエだったそうです。</p>
<p>しかし、スケジュールが合わず、当時はほとんど名前も知られていないファン・スジョンになりました。韓国の古典的な女性美とその雰囲気が決め手だったそうです。</p>
<p>結果的にこのキャスティングは大成功となり、ファン・スジョンは一躍大スター女優の仲間入りを果たしました。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>イェジンは架空の人物ですが、その存在によってドラマ「ホジュン」は多くの視聴者の心をつかみ、より感動的な人間ドラマとなりました。</p>
<p>さらに、そんなイェジンの誕生には脚本家や監督の生みの苦しみがあり、その制作秘話には、驚きと共に再発見の喜びがありました。</p>
<p>こうした舞台裏を知ることで、単なる時代劇としてではなく、「ホジュン」という作品の奥深さや魅力を、より深く味わうことができます。</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>ホジュンの妻ダヒは最後どうなったのか？【史実を徹底調査】</title>
		<link>https://justarandomnote.com/hojyun-tsuma-dahi-saigo2312/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshis]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Apr 2023 02:01:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[韓国時代劇ドラマ]]></category>
		<category><![CDATA[ホジュン]]></category>
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					<description><![CDATA[ドラマでは、妻ダヒがホジュンの最後を見届ける感動的なシーンで終わっています。 実際には、残された彼女はどのような最期を迎えたのでしょうか？ 史実の妻ダヒを詳しく掘り下げていきます。 ホジュンの妻ダヒの最後 ドラマでは、ホ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ドラマでは、妻ダヒがホジュンの最後を見届ける感動的なシーンで終わっています。</p>
<p>実際には、残された彼女はどのような最期を迎えたのでしょうか？</p>
<p>史実の妻ダヒを詳しく掘り下げていきます。</p>
<h2>ホジュンの妻ダヒの最後</h2>
<p>ドラマでは、ホジュンは流刑地から戻り、再び、ダヒと共に医院を始めますが、最終的に伝染病にかかり亡くなります。</p>
<p>そして、妻ダヒがその葬儀に参加する姿が最後に描かれてドラマは終わっています。</p>
<p>実は、史実において妻ダヒがどこで、どのように亡くなったのか記録は一切残っていません。</p>
<p>そもそも、ホジュン自身も、いつ、どのように亡くなったのか不明で、亡くなった年が1615年であることだけが分かっています。</p>
<h2>並んで埋葬されたホジュンとダヒ</h2>
<p>1991年9月30日、古文献研究家の李亮載らが軍隊の協力を得て、ホジュンと妻ダヒのお墓を発見しました。</p>
<p>場所は北朝鮮との国境付近で、「陽川許氏族譜」に記録された文字を頼りに調査が行われました。</p>
<p>発見された当初は、荒れ果てた状態でお墓の原型は見られませんでしたが、その後、きれいに復元されています。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-6214" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/04/dfa3db527b33356e0338e5320cdd320c.jpg" alt="ホジュンと妻のお墓" width="348" height="447" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/04/dfa3db527b33356e0338e5320cdd320c.jpg 466w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/04/dfa3db527b33356e0338e5320cdd320c-233x300.jpg 233w" sizes="(max-width: 348px) 100vw, 348px" /></p>
<p style="text-align: center;"><strong>＜許浚と妻のお墓＞</strong></p>
<p>墓は2つ仲良く並んで埋葬されており、右側が妻ダヒのもので、ホジュンと妻ダヒが最後まで一緒にいたことに深い感銘を受けます。</p>
<p>上段の奥に見える墓は母親のお墓と考えられ、ドラマ同様に３人は最後まで一緒だったことが分かります。</p>
<h2>ダヒという名前は本名ではない？</h2>
<p>ダヒはホジュンの族譜に「夫人安東金氏」と記録されています。</p>
<p>安東金氏は韓国の名門氏族であり、史実のダヒも大司憲の高官を父に持つ両班の娘でした。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-6215" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/04/e775ac8c3c734c59e7b63c2b5edc3503.jpg" alt="ホジュンの族譜に記載された夫人" width="456" height="291" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/04/e775ac8c3c734c59e7b63c2b5edc3503.jpg 920w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/04/e775ac8c3c734c59e7b63c2b5edc3503-300x191.jpg 300w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/04/e775ac8c3c734c59e7b63c2b5edc3503-768x490.jpg 768w" sizes="(max-width: 456px) 100vw, 456px" /></p>
<p style="text-align: center;"><strong>＜ホジュンの族譜に記載された夫人＞</strong></p>
<p>しかし、「ダヒ」という名前はどこにも登場しません。これは、当時の族譜文化では女性の実名を記載しないという背景があるからです。</p>
<p>従って、ダヒは架空の名前です。ホジュンの妻は少なくとも姓はキム氏だったことになります。</p>
<h2>なぜ女性の名前は族譜に記録されないのか？</h2>
<p>朝鮮王朝時代の族譜は、儒教的な家父長制度の影響を色濃く受けており、女性の名前を記録することはほとんどありませんでした。</p>
<p>女性は「誰の娘か」「誰の妻か」といった情報のみを家系図に記録されていたのです。</p>
<p>そのため、ホジュンの妻も「安東金氏」という氏族名だけが残り、「ダヒ」という名前はドラマの創作と考えられます。</p>
<h2>妻ダヒの史実とドラマの違い</h2>
<p>ホジュンの妻ダヒに関する史実とドラマの違いを比較しました。</p>
<table width="100%">
<tbody>
<tr>
<td width="14%">項目</td>
<td width="43%">ドラマ</td>
<td width="43%">史実</td>
<td></td>
</tr>
<tr>
<td>名前</td>
<td>ダヒ（架空）</td>
<td>安東金氏（氏族名）</td>
<td></td>
</tr>
<tr>
<td>身分</td>
<td>両班</td>
<td>両班</td>
<td></td>
</tr>
<tr>
<td>最期</td>
<td>ホジュンの葬儀に参加</td>
<td>記録なし</td>
<td></td>
</tr>
<tr>
<td>死因</td>
<td>描写なし</td>
<td>記録なし</td>
<td></td>
</tr>
<tr>
<td>墓</td>
<td>描写なし</td>
<td>北朝鮮との国境で発見</td>
<td></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>ドラマは史実にフィクションを織り交ぜて脚本化されていますが、史実と照らし合わせることで、より深い理解が得られます。</p>
<h2>ダヒを演じた女優</h2>
<p>ダヒは「ホジュン宮廷医官への道」とリメイク版の「ホジュン伝説の心医」に登場しています。</p>
<p>最初のダヒ役はホン・チュンミン、リメイク版はパク・ウンビンが演じました。</p>
<h3>「宮廷医官への道」のホン・チュンミン</h3>
<p>ホン・チュンミンは、オーディションでダヒ役に大抜擢され、最初は演技力に課題がありましたが、物語が進むにつれて演技も評価されるようになりました。2009年の結婚後は活動を休止しています。</p>
<h3>「伝説の心医」のパク・ウンビン</h3>
<p>今やアジアでも大人気女優のパク・ウンビンは、少女の面影が残るころから初老までの幅広い年齢のダヒを熱演しました。時代劇での代表作を見るならば、「ホジュン」が一番のおすすめです。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ホジュンの妻ダヒの史実の最後の記録は不明ですが、ホジュンのお墓にともに埋葬されていることから、2人が最期まで寄り添っていたことは確かです。</p>
<p>ドラマでは、ホジュンを支え、葬儀にまで立ち会うダヒの姿が描かれ、視聴者に強く印象を残しました。</p>
<p>歴史に残る記録は少ないものの、ホジュンの偉大な功績を影で支えたダヒの献身的な姿は視聴者の心に強く刻まれたことでしょう。</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>ホジュンの実話【史実で知る朝鮮三大名医の真実の行跡】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshis]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 23 Apr 2023 01:01:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[韓国時代劇ドラマ]]></category>
		<category><![CDATA[ホジュン]]></category>
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					<description><![CDATA[ドラマ「宮廷医官への道」、「伝説の心医」で描かれたホジュンの史実とは？ 賤民から御医にまでなったのは本当なのか？ ホジュンの実話をくわしく解説します。 ホジュンの史実 ホジュンの幼少時代については、詳しい記録はなく、生年 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ドラマ「宮廷医官への道」、「伝説の心医」で描かれたホジュンの史実とは？</p>
<p>賤民から御医にまでなったのは本当なのか？</p>
<p>ホジュンの実話をくわしく解説します。</p>
<h2>ホジュンの史実</h2>
<p>ホジュンの幼少時代については、詳しい記録はなく、生年月日も生まれた場所すら、正確なことは分かっていません。</p>
<p>確かな記録があるのは、王族の医療機関である内医院に入った頃からになります。</p>
<h2>実は、ホジュンは科挙に合格していなかった</h2>
<p>ドラマでは科挙に首席合格したと描かれたホジュンですが、実際には合格しておらず、名簿にも名前がありません。</p>
<p>彼は1568年頃、高官・柳希春（ユ・フィチュン）の病を診て絶大な信頼を得ており、その推薦により内医院に入ったとされています。</p>
<p>柳希春の眉巖日記に記録があり、30歳時点で高い医術と名声を得ていたことが伺えます。</p>
<p>低い身分からの出世には、並外れた努力があったと推測されます。</p>
<h2>恭嬪金氏が亡くなる</h2>
<p>1577年に恭嬪金氏が25歳で逝去しています。</p>
<p>ドラマではホジュンが恭嬪金氏の侍医になりますが、史実では恭嬪金氏を治療した記録はありません。</p>
<blockquote><p>恭嬪 金氏卒。ー＜略＞ー宮中有仇我者,取吾履隻, 詛呪病我<br />
＜宣祖修正実録1577年5月1日抜粋＞</p></blockquote>
<div class="secondary-box">恭嬪金氏が亡くなった。ー＜略＞ー宮中に私を恨むものがいる、私の履物を取っていき、私が病気になるように呪詛している</div>
<p>ドラマでは、仁嬪金氏が恭嬪金氏の履物を奪って呪詛を指示しています。実録の記録を上手く取り込み、ホジュンの治療と絡ませました。</p>
<h2>世子・光海君の天然痘を治療し、大出世へ</h2>
<p>内医院に入ったホジュンは、その優れた医術で着実に実績を重ねていきました。中でも大きな転機となったのが、1590年に世子・光海君の天然痘を治療したことです。</p>
<p>この功績により、ホジュンは正三品堂上にあたる「通政大夫」に昇進しました。</p>
<p>これは高官の地位であり、赤い官服の着用が許されるほか、退職後は終身年金が支給され、子孫も科挙なしで官職に就けるなど、多くの特典が与えられる栄誉でした。</p>
<h2>壬辰倭乱で宣祖と共に義州へ避難</h2>
<p>1592年、壬辰倭乱が勃発し、日本軍が朝鮮に侵攻してきました。</p>
<p>各地で朝鮮軍は敗北し、ついには王都・漢城（ハンソン）にも迫ります。追い詰められた宣祖は、光海君を後継者に指名し、自らは北部の義州へ避難することを決断します。</p>
<p>多くの臣下が同行をためらう中、ホジュンは宣祖に忠誠を尽くし、共に避難する道を選びました。</p>
<p>なお、ドラマではホジュンは平壌に残り、北海君とともに城を守る展開になっています。</p>
<h2>信城君、わずか14歳で死去</h2>
<p>信城君は母・仁嬪金氏とともに、宣祖から深く寵愛されていました。一時は世子候補に挙がるほどでしたが、東人派の反対により実現はしませんでした。</p>
<p>壬辰倭乱で宣祖が義州に避難する際、信城君も仁嬪金氏とともに同行していました。しかし、1592年11月5日、避難の途中で病に倒れ、わずか14歳で亡くなってしまいます。</p>
<p>史実ではホジュンも宣祖に同行していたため、当然、信城君を治療したと考えられます。</p>
<h2>念願の御医になる</h2>
<p>1600年にホジュンは功績が認められて、念願の御医（オイ）となります。</p>
<p>御医は王の主治医であり、ホジュンは宣祖の健康管理から治療に至るまで重大な責任を負う立場になりました。</p>
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          </div>

</div>

<h2>宣祖の死とホジュンの流刑</h2>
<p>1608年、宣祖が逝去すると、御医だったホジュンはその責任を問われ、流刑となりました。</p>
<p>光海君は処罰に反対しましたが、大臣たちの強い意向により押し切られてしまいます。</p>
<p>「光海君日記」には「許浚を門外に出送する」としか記されておらず、具体的な流刑地は不明です。</p>
<p>しかし翌1609年、光海君はホジュンを再び呼び戻し、御医として復職させます。世子時代からの信頼関係があったことをうかがわせる出来事です。</p>
<h2>念願の「東医宝鑑」を完成させる</h2>
<p>御医として復帰したホジュンは、かねてから取り組んでいた医学書「東医宝鑑」の編纂に本格的に打ち込みます。</p>
<p>この書は、1596年に宣祖から編纂を命じられたもので、ついに1610年、全25巻が完成しました。</p>
<p>「東医宝鑑』は中国でも「医学書の欠点を補った天下の宝」と称賛され、医学先進国からも高い評価を受けました。</p>
<p>驚くべきことに、完成から400年以上経った今でも、世界中で実用書として活用されています。</p>
<p>実は、東医宝鑑にはおもしろい話が＞＞<a rel="follow" target="_blank" href="https://justarandomnote.com/hojyun-tonibogamu2296/">ホジュンが編纂した東医宝鑑【医書とは思えない謎の文章とは】</a></p>
<h2>ホジュンの最期とその後の名誉</h2>
<p>1615年、ホジュンは77歳でこの世を去りました。しかし、亡くなった場所や状況については一切の記録が残されていません。</p>
<p>死後、光海君はホジュンの生前の功績を高く評価し、かつて流罪の際に取り上げられた「輔国崇禄大夫（正一品）」と「陽平府院君」の称号を再び贈りました。</p>
<p>庶子という低い身分に生まれながらも、幾多の困難を乗り越え、ホジュンはついに朝廷最高位の正一品にまで登りつめたのです。</p>
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          </div>

</div>

<h2>ドラマと史実の違い</h2>
<p>ドラマは史実をベースに制作されていますが、次の点か大きく創作された部分です。</p>
<div class="secondary-box">・師匠のユ・ウィテは架空の人物<br />
・師匠を解剖した記録はない<br />
・科拳に主席合格は嘘</div>
<h3>ホジュンの師匠はユ・ウィテではない</h3>
<p>ドラマでホジュンの師匠として登場するユ・ウィテは、実在の記録がない架空の人物です。</p>
<p>実際の師匠は、内医院の名医ヤン・イェスとされ、朝鮮王朝実録にもホジュンと共にたびたび登場しています。</p>
<p>実録では常にヤン・イェスの名が先に記録されており、これが師弟関係の証拠と考えられています。</p>
<p>ヤン・イェスはドラマでは敵役でしたが、実際は内医院に実在した著名な名医でした。</p>
<h3>ホジュンに解剖の記録はない</h3>
<p>ホジュンが人を解剖したという記録は一切ありません。しかし、東医宝鑑に描かれた「身体蔵附図」は非常に正確で、実際に人体を見た人物でないと描けないと考えられています。</p>
<p style="text-align: center;"><img decoding="async" class="wp-image-3411 aligncenter" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/6069c0bf285438e002a449b322220fe8.jpg" alt="" width="270" height="398" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/6069c0bf285438e002a449b322220fe8.jpg 406w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/6069c0bf285438e002a449b322220fe8-203x300.jpg 203w" sizes="(max-width: 270px) 100vw, 270px" /><strong>＜身体蔵附図＞</strong></p>
<p>ただし、ホジュンは多くの中国の解剖書を参考にしていました。</p>
<p>また壬辰倭乱で多くの戦死者が出たことから、そのときに亡くなった兵士を試験体として観察した可能性が考えられます。</p>
<h3>科拳に首席合格は嘘</h3>
<p>ドラマではホジュンは2回目の科拳に首席で合格していますが、これは事実ではありません。</p>
<p>柳希春の日記に、内医院の人事を担当する吏曹判書のホン・ダムにホジュンを推薦したと書かれています。</p>
<p>ドラマでも一度、権力者の推薦を受けますが、この部分は史実を参考に脚本されています。</p>
<h2>ドラマに登場した実在した人物</h2>
<p>ドラマ「ホジュン～宮廷医官への道～」に登場する人物で実在した人物は次のとおりです。</p>
<p>実在した人物が数多く登場しています。</p>
<table width="100%">
<tbody>
<tr>
<td width="20%">役名</td>
<td width="22%">実在したモデル</td>
<td width="28%">備考</td>
</tr>
<tr>
<td>ホジュン</td>
<td>許浚</td>
<td>両班の庶子</td>
</tr>
<tr>
<td>イ・ダヒ</td>
<td>安東金氏</td>
<td>ホジュンの妻</td>
</tr>
<tr>
<td>ホ・ギョム</td>
<td>許謙</td>
<td>ホジュンの息子</td>
</tr>
<tr>
<td>ソン氏</td>
<td>霊光金氏</td>
<td>ホジュンの母</td>
</tr>
<tr>
<td>ホ・リュン</td>
<td>許碖</td>
<td>ホジュンの父、武官</td>
</tr>
<tr>
<td>ヤン・イェス</td>
<td>楊禮壽</td>
<td>御医、実際の師匠</td>
</tr>
<tr>
<td>宣祖</td>
<td>宣祖</td>
<td>第14代国王</td>
</tr>
<tr>
<td>光海君</td>
<td>光海君</td>
<td>第15代国王</td>
</tr>
<tr>
<td>嬪宮柳氏</td>
<td>嬪宮柳氏（廃妃柳氏）</td>
<td>光海君の正室</td>
</tr>
<tr>
<td>恭嬪金氏</td>
<td>恭嬪金氏</td>
<td>宣祖の側室、光海君の母</td>
</tr>
<tr>
<td>イェジク</td>
<td>金礼直</td>
<td>恭嬪の弟</td>
</tr>
<tr>
<td>仁嬪金氏</td>
<td>仁嬪金氏</td>
<td>宣祖の側室</td>
</tr>
<tr>
<td>信城君</td>
<td>信城君</td>
<td>仁嬪の息子</td>
</tr>
<tr>
<td>仁穆王后</td>
<td>仁穆王后</td>
<td>宣祖の継室</td>
</tr>
<tr>
<td>永昌大君</td>
<td>永昌大君</td>
<td>仁穆王后の息子</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>まとめ</h2>
<p>ドラマ「ホジュン」で描かれたエピソードの多くは史実をベースにした創作でしたが、ホジュンが貧しい賤民から内医院の頂点である御医になったことは事実でした。</p>
<p>また、ホジュンの人生はドラマほど波乱にとんだ人生ではなかったかもしれません。</p>
<p>でも、自身が病に侵され亡くなる直前まで治療にあたるなど、本当の心医であったことは間違いありません。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>ホジュンが編纂した東医宝鑑【透明になる薬の正体とは】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshis]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 18 Mar 2023 01:08:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[朝鮮王朝時代]]></category>
		<category><![CDATA[ホジュン]]></category>
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					<description><![CDATA[東医宝鑑はホジュンが14年の歳月をかけて編纂した東洋医学のバイブルとも呼ばれる医学書です。 これには「透明になる方法」など、謎の文章が存在します。ここでは、東医宝鑑の謎の文章、編纂の背景や構成、日本への普及について詳しく [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>東医宝鑑はホジュンが14年の歳月をかけて編纂した東洋医学のバイブルとも呼ばれる医学書です。</p>
<p>これには「透明になる方法」など、謎の文章が存在します。ここでは、東医宝鑑の謎の文章、編纂の背景や構成、日本への普及について詳しく解説します。</p>
<h2>東医宝鑑とは｜ホジュンが残した東洋医学の金字塔</h2>
<p>東医宝鑑は、ホジュンが編纂した現代でも通用する朝鮮で最も評価の高い医学書です。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-14387" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/8808e908c1ab9c509efc346c365780e5-500x432.avif" alt="東医宝鑑の外観画像" width="400" height="346" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/8808e908c1ab9c509efc346c365780e5-500x432.avif 500w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/8808e908c1ab9c509efc346c365780e5-300x259.avif 300w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/8808e908c1ab9c509efc346c365780e5.avif 619w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></p>
<p style="text-align: center;"><strong>＜東医宝鑑の外観＞</strong></p>
<p>何と1613年に初版が発行されてから、現代に至るまで重版が重ねられています。日本には江戸時代に伝わり、日本語版も発行されました。</p>
<p>2009年にユネスコの「世界記録遺産」に登録され、現在でも医療現場で活用されている超ロングセラーの医学書です。</p>
<h2>東医宝鑑に実在する謎の文章</h2>
<p>「東医宝鑑」には、「透明になる方法」や「幽霊を見る方法」など奇妙な記述があります。</p>
<p>たとえば「透明になる方法」の記述は</p>
<blockquote><p><strong>白犬膽和通草桂心作末蜜和爲丸服能令人隱形青犬尤妙本草</strong><br />
＜引用元：東医宝鑑＞</p></blockquote>
<div class="secondary-box">＜訳＞白い犬の胆嚢に、通草と桂心を混ぜて粉末にしたものに蜂蜜を混ぜて丸薬として服用すれば、人の姿を隠すことができる。青い犬を用いればさらによい。</div>
<p>これはチャン・インスウ・ソク大学韓医大教授の論文によると、眼科疾患「眼中膿水」の治療法で、視界がぼやける症状を改善するものだったのです。</p>
<p>※眼中膿水：目の中が炎症して膿が溜まり、目の前がぼやけて見えなくなっていく眼の病気</p>
<p>「人の姿を隠すことができる」ではなくて、「人に眼の前の形状（膿）を見えないようにすることができる」という意味だったのです。</p>
<p>こうした一見奇妙にも思える記述が登場する背景には、当時の医学的知識や情報の不足が深く関係していると考えられます。</p>
<p>では、そもそも「東医宝鑑」とはどのような書物だったのでしょうか。その編纂の背景や構成について解説していきます。</p>
<h2>東医宝鑑編纂の背景</h2>
<p>宣祖の時代は明の医学が主流でした。</p>
<p>朝鮮独自の病気には適さない部分が多くあり、薬も中国に依存する状況でした。朝鮮の環境に適した朝鮮の医学書が必要だったのです。</p>
<p>そこで、1596年、宣祖の命で「東医宝鑑」の編纂が始まり、ホジュンら名医たちが参加しました。</p>
<p>壬辰倭乱で一時中断されましたが、ホジュンは執筆を継続します。宣祖の死後、御医のホジュンは流罪となりますが、光海君がホジュンの編纂事業を支援しました。</p>
<p>1610年、14年の歳月をかけた東医宝鑑が遂に、完成。1613年、朝鮮国内で初版が刊行されました。</p>
<h2>東医宝鑑の構成</h2>
<p>東医宝鑑は中国及び朝鮮の医薬書86書を参考に朝鮮独自の医学が取り込まれ、理論より実用性を重んじた構成になっています。</p>
<p>その特徴は、各病名から索引できる構成で、基本学理から臨床にいたるまで実証主義にもとづいて記述されていることです。</p>
<div class="secondary-box"><strong>＜東医宝鑑の構成＞</strong><br />
序（全2巻）<br />
内景篇（全4巻）：内科に関する内容<br />
外形篇（全4巻）：外科に関する内容<br />
難病編（全11巻）：疫病、婦人科、小児科に関する内容<br />
湯液編（全3巻）：薬物に関する内容<br />
鍼灸編（全1巻）：鍼灸に関する内容</div>
<p>また、現代の解剖図と比べても遜色ない人体解剖図や臓器図が随所にでてきます。</p>
<p style="text-align: center;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-14386" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/69e6655187561f24f6cdfa1631acecc4.avif" alt="東医宝鑑に記載されている驚くほど正確な人体解剖図" width="309" height="456" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/69e6655187561f24f6cdfa1631acecc4.avif 406w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/69e6655187561f24f6cdfa1631acecc4-300x443.avif 300w" sizes="(max-width: 309px) 100vw, 309px" /><br />
<strong>＜人体解剖図＞</strong></p>
<h2>東医宝鑑の内容</h2>
<p>東医宝鑑の内容は、東洋医学のバイブルと称されるなど、まさに医学の百科事典です。</p>
<p>内容は使いやすさを考えて、理論より実用性を重視した内容となっており、これが現代でも活用されている大きな理由です。</p>
<p>また、症状から処方を簡単に探すことができるなど、一般の庶民でも親しみやすい工夫が施されています。</p>
<p>朝鮮の薬材を中心とした現場重視の薬学であることも評価されている理由です。</p>
<h2>東医宝鑑の日本への普及と翻訳</h2>
<p>朝鮮で刊行された『東医宝鑑』は、その優れた内容が朝鮮通信使を通じて日本にも知られるようになりました。</p>
<p>実際に日本に伝わったのは1663年頃で、当初は貴重な書物として限られた人しか閲覧できませんでした。</p>
<p>徳川吉宗も医療の改善を目的に対馬藩を通じて献上を求め、1724年には日本版が刊行されました。</p>
<p>昭和50年前後には現代語訳も出版されましたが、省略や誤訳が多く課題が残りました。</p>
<p>近年では、2021年に誠心出版から原典に忠実なB5判ペーパーバック版が刊行され、より正確な理解が可能になっています。</p>
<div class="secondary-box"><strong>＜東医宝鑑の現代語訳＞</strong><br />
完訳 東医宝鑑 内景篇・外形篇<br />
菅原忠雄 (翻訳)<br />
誠心出版</div>
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<h2>まとめ</h2>
<p>「東医宝鑑」の謎の文章も実は根拠のある事実の誤訳でした。</p>
<p>東洋医学のバイブルと呼ばれ、広く活用されている「東医宝鑑」ですが、「龍を妊娠させる方法」「愛を得る方法」「勇敢になる方法」など、現代でもまだ理解されていない謎の文章が数多く存在しています。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>ホジュンの家系図【謎の多い伝説の名医の家系とは】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshis]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 16 Mar 2023 03:07:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[家系図]]></category>
		<category><![CDATA[ホジュン]]></category>
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					<description><![CDATA[ホ・ジュン（許浚）は実在した朝鮮王朝時代の名医であり、医学書「東医宝鑑」を著したことで知られています。 この記事では、ホ・ジュンの家系図を中心に、彼の家族、時代背景、生涯についてわかりやすく解説します。 ホジュン（許浚） [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ホ・ジュン（許浚）は実在した朝鮮王朝時代の名医であり、医学書「東医宝鑑」を著したことで知られています。</p>
<p>この記事では、ホ・ジュンの家系図を中心に、彼の家族、時代背景、生涯についてわかりやすく解説します。</p>
<h2>ホジュン（許浚）の家系図</h2>
<p>ホジュンは許宣文を始祖とする陽川許氏の出身です。</p>
<p>許宣文は高麗建国の功臣で、その子孫の陽川許氏は朝鮮時代に十大氏族に数えられる名門中の名門氏族でした。</p>
<div id="attachment_3409" style="width: 554px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3409" class="wp-image-3409" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/9897e6af6a92265c52384a743caf8d32.jpg" alt="ホジュンの家系図" width="544" height="546" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/9897e6af6a92265c52384a743caf8d32.jpg 697w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/9897e6af6a92265c52384a743caf8d32-300x300.jpg 300w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/9897e6af6a92265c52384a743caf8d32-150x150.jpg 150w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/9897e6af6a92265c52384a743caf8d32-100x100.jpg 100w" sizes="(max-width: 544px) 100vw, 544px" /><p id="caption-attachment-3409" class="wp-caption-text">当サイト「雲の上はいつも晴れ」が独自に作成した家系図</p></div>
<p style="text-align: center;"><strong>＜ホジュンの家系図＞</strong></p>
<p>しかし、彼は妾の子（庶子）であり、1700年に作成された族譜「陽川許氏族譜」には、ホジュンの名は記録されていませんでした。</p>
<p>1750年の族譜にようやく「許浚（ホジュン）」の名前が、「庶子」の文字とともに記録されています。</p>
<p>医術の功績により正一品となり、両班の身分を獲得したにもかかわらず、この扱いは、当時の身分制度が非常に厳しかったことを意味しています。</p>
<h2>ホジュン（許浚）の家族構成</h2>
<p>ホジュンは父の許碖（ホ・ロン）と妾の霊光金氏との間に生まれています。</p>
<p>ドラマでは母親は元キーセンでしたが、詳しいことは分かっていません。</p>
<table width="100%">
<tbody>
<tr>
<td width="17%">関係</td>
<td width="27%">名前</td>
<td width="20%"></td>
<td width="36%">子供</td>
</tr>
<tr>
<td>父</td>
<td>許碖</td>
<td></td>
<td></td>
</tr>
<tr>
<td rowspan="2">正室</td>
<td rowspan="2">不詳</td>
<td rowspan="2">1男2女</td>
<td>長男：ホ・オク</td>
</tr>
<tr>
<td>長女、次女は不詳</td>
</tr>
<tr>
<td rowspan="2">側室</td>
<td rowspan="2">霊光金氏</td>
<td rowspan="2">2男</td>
<td>次男：ホジュン</td>
</tr>
<tr>
<td>三男：ホ・ジン</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>また、ホジュンには3人兄弟でしたが、兄のオ・ホク（許沃）は正妻の子供、ホジュンと弟のホジンは妾の子供でした。</p>
<h2>ホジュンの両親｜本当に妾の子だったのか？</h2>
<p>ホジュンの父親が武官であったことは間違いありませんが、母親についての確かな記録はありません。</p>
<h3>ホジュンの父親｜守令を歴任した武官</h3>
<p>ホジュンの父親・許碖（ホ・ロン）は守令（地方官）を歴任した武官でした。最後は龍川（リョンチョン）で龍川府使を務めています。</p>
<p>祖父の許琨（ホ・ゴン）も武官であり、ホジュンは代々、武官の家庭に生まれました。</p>
<h3>ホジュンの母親｜出身が謎の妾</h3>
<p>家系図にホジュンが庶子として記録されていることから、母親は妾（側室）であったことは間違いありません。</p>
<p>名前が孫氏と記録されていることから、一直孫氏または、密陽孫氏などの説があります。</p>
<p>しかし、現在、最も有力な説は、霊光金氏という説です。これは、ホジュンが働いていた内医院の名簿に母方の曽祖父が霊光金郁と記載されているからです。</p>
<p>また、父親が全羅道扶安の郡守だったときに妾との間にホジュンが生まれたとの説があり、ドラマはこの説を採用していると考えられます。</p>
<h2>ホジュンの妻子｜妻は両班だったのか？</h2>
<p>史実でも、ホジュンが御医になり、息子のギョムは奴婢の身分から解放されています。</p>
<h3>ホジュンの妻｜名門両班の娘</h3>
<p>ホジュンの妻であるイ・ダヒは架空の人物です。家系図ではホジュンの妻は安東金氏（アンドンキムシ）と記載されています。</p>
<p>安東金氏は朝鮮では名門中の名門の家系であり、彼女が両班の娘であったことは間違いないようです。</p>
<h3>ホジュンの子供｜文官になった息子</h3>
<p>ホジュンには一人息子の許謙（ホ・ギョム）がいましたが、彼は、医官の道には進まずに文官となりました。後に、清州韓氏と結婚したと記録されています。</p>
<p>彼は坡州（パジュ）、今の京畿道北西部で牧使（モクサ）を務めました。牧使は地方を管轄する地方官で正三品堂下の上級地方文官職です。</p>
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</div>

<h2>ホジュンの生まれた場所</h2>
<p>最も有力な説は、本貫が「陽川」であることから、京畿道陽川（ソウル市江西区）辺りで生まれたという説です。現在、そこには、ホ・ジュン博物館が建てられています。</p>
<p>京畿道陽川以外の説としては、陽川許氏の集落のあった京畿道長湍郡（京畿道坡州市）、父親が郡守だった全羅道扶安などの説があります。</p>
<h2>ドラマ「ホジュン」と史実の違い</h2>
<p>ドラマでは、ホジュンの生涯をフィクションを交えて描いています。ドラマに登場する人物の中には創作キャラクターも含まれていますが、彼の志や医師としての信念は史実に基づいています。</p>
<p>史実について詳しくはこちら＞＞<a rel="follow" target="_blank" href="https://justarandomnote.com/hojyun-jitsuwa2310/">ホジュンの実話【史実で知る朝鮮三大名医の真実の行跡】</a></p>
<h2>ホジュンの生きた時代背景と生涯</h2>
<p>ホ・ジュンは16世紀後半から17世紀初頭の宣祖の時代に官医として活躍しました。</p>
<p>壬辰倭乱などの戦乱で荒廃した時代でしたが、ホ・ジュンはその中でも国の医学の発展に貢献しています。</p>
<p>ホジュンの生涯を一覧でご紹介します。</p>
<table>
<tbody>
<tr>
<td width="18%">年月</td>
<td width="82%">出来事</td>
</tr>
<tr>
<td>1539年</td>
<td>父・許碖（ホ・ロン）と妾の間に生まれる</td>
</tr>
<tr>
<td>1568年</td>
<td>柳希春（ユ・ヒチュン）の推薦で内医院に入る</td>
</tr>
<tr>
<td>1571年</td>
<td>内医院僉正（従四品相当）に任官</td>
</tr>
<tr>
<td>1573年</td>
<td>通訓大夫（正三品堂下相当）に昇級</td>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>内医院正（正三品堂下相当）に転任</td>
</tr>
<tr>
<td>1575年</td>
<td>御医の安光翼（アングァンイク）と宣祖を診断</td>
</tr>
<tr>
<td>1587年</td>
<td>宣祖の治療に参加、褒美をもらう</td>
</tr>
<tr>
<td>1590年</td>
<td>世子（光海君）の天然痘を治療する</td>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>通政大夫（正三品堂上相当）に昇級</td>
</tr>
<tr>
<td>1592年</td>
<td>壬辰倭乱で王に追従して義州へ</td>
</tr>
<tr>
<td>1596年</td>
<td>光海君の病を治療</td>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>正憲大夫（正二品相当）に昇級</td>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>知中枢府事（正二品相当）に転任</td>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>宣祖が朝鮮独自の医学書を編纂するよう命じる（東医宝鑑）</td>
</tr>
<tr>
<td>1600年</td>
<td>内医院御医（正三品堂上相当）になる</td>
</tr>
<tr>
<td>1604年</td>
<td>忠勤貞亮扈聖功臣3等の論功を受る</td>
</tr>
<tr>
<td>1606年</td>
<td>陽平君（ヤンピョングン）に封じられる</td>
</tr>
<tr>
<td>1608年</td>
<td>宣祖が逝去、責任を取り流刑にされる</td>
</tr>
<tr>
<td>1609年</td>
<td>赦免により、内医院に復帰</td>
</tr>
<tr>
<td>1610年</td>
<td>朝鮮第一の医学書「東医宝鑑」を完成させる</td>
</tr>
<tr>
<td>1615年</td>
<td>8月17日逝去、享年77歳</td>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>輔国崇禄大夫（正一品相当）を贈位</td>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>陽平府院君に封ぜられる</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>まとめ</h2>
<p>ホジュンは庶子の身分だったにもかかわらず、医術を学び、御医にまで上り詰めました。</p>
<p>歴史的人物であるにも関わらず、内医院に入るまでの生い立ちや家族について、多くは謎に包まれたままです。</p>
<p>しかし、実録などの史料からホジュンの功績は確かなものであり、東医宝鑑を14年かけて完成させたことも間違いのない事実です。</p>
<p>朝鮮王朝の医学を発展させたホ・ジュンの物語は、今も語り継がれ、多くの人に勇気と感動を与えています。</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>ホジュンは実在した名医？【史実の実像と功績を徹底解説】</title>
		<link>https://justarandomnote.com/hojyun-jitsuzai2199/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshis]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 Apr 2022 08:55:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[韓国時代劇ドラマ]]></category>
		<category><![CDATA[ホジュン]]></category>
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					<description><![CDATA[ホジュンは本当に実在したのでしょうか？ この記事では、史実に基づき、族譜や実録の記録、功績とその影響、そしてドラマとの違いを詳しく解説します。 ホジュンは実在した名医だった ホジュンが実在したことは、族譜（チョッポ）や実 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ホジュンは本当に実在したのでしょうか？</p>
<p>この記事では、史実に基づき、族譜や実録の記録、功績とその影響、そしてドラマとの違いを詳しく解説します。</p>
<h2>ホジュンは実在した名医だった</h2>
<p>ホジュンが実在したことは、族譜（チョッポ）や実録といった史料によって明確に裏付けられています。</p>
<div class="secondary-box">・族譜にその名が記載されている<br />
・宣祖実録に70回以上の記録がある</div>
<p>韓国には族譜（チョッポ）と呼ばれる一族の家系図がありますが、ホジュンは陽川許氏の族譜にその名が記録されています。</p>
<p>また、ホジュンは朝鮮王朝実録の宣祖実録に70回以上、登場しています。朝鮮王朝実録は、韓国では真実性と信憑性が非常に高いとされる正式な歴史書です。</p>
<p>こうしたことから、ホジュンが実在した人物であることは間違いありません。</p>
<h2>族譜にあるホジュンの記録</h2>
<p>陽川許氏の族譜には、ホジュンの名前とともに、次のことが「添え書き」されています。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-14372 size-full" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/4c5318649d8a989820643460edab6208.avif" alt="ホジュンの名が記された族譜の画像" width="478" height="361" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/4c5318649d8a989820643460edab6208.avif 478w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2022/04/4c5318649d8a989820643460edab6208-300x227.avif 300w" sizes="(max-width: 478px) 100vw, 478px" /></p>
<p style="text-align: center;"><strong>＜族譜のホジュンの名「浚」と添え書き＞</strong></p>
<blockquote><p>「御医 扈聖功臣 崇禄陽平君贈輔国 撰東医宝鑑 夫人安東金氏」<br />
＜許浚の族譜より＞</p></blockquote>
<p>この添え書きの内容は、次のとおりです。</p>
<div class="secondary-box">・御医であったこと<br />
・扈聖功臣を受けたこと<br />
・陽平君に封じられたこと<br />
・東医宝鑑を執筆したこと<br />
・夫人が安東金氏であること<br />
※扈聖功臣：壬辰倭乱で手柄のあった人</div>
<p>実は、ホジュンは、最初、妾の子だった為、陽川許氏の族譜に記録がありませんでした。</p>
<p>彼の名が族譜に登場するのは、亡くなってから135年後の1750年以降のことです。</p>
<h2>実録におけるホジュンの記録</h2>
<p>実録に、ホジュンが初めて登場するのは、1575年の宣祖実録のときです。</p>
<p>そこには、</p>
<blockquote><p>名醫安光翼、許浚入診上脈, 則上比前加瘦, 脾胃脈甚弱, 又頗煩熱, 喜食生冷, 開戶引風云＜引用元：宣祖実録1575年2月15日抜粋＞</p></blockquote>
<div class="secondary-box">＜訳＞安光翼と許浚（ホジュン）が王の脈をみる。以前より痩せて、脾臓と胃が非常に弱っている。かなり熱があり、冷たいものを食べさせ、戸を開けて風を入れた。</div>
<p>と記録されています。</p>
<p>その後も、ホジュンの名は朝鮮王朝実録に何度も登場しており、王の信頼の厚さが確認できます。</p>
<h2>ホジュンの人物像</h2>
<p>賤民というハディがあったホジュンでしたが、必死で医術を学び、内医院に入って功績を重ね、遂に念願の御医となります。</p>
<p>彼が内医院の優秀な医員に負けない医術を持っていたのは、数え切れない現場での治療経験の積み重ねによるものでした。</p>
<div class="primary-box"><strong>＜ホジュンのプロフィール＞</strong><br />
名前：許浚（ホジュン）<br />
生年：1539年<br />
没年：1615年<br />
享年：77歳<br />
出身地：不明（諸説あり）<br />
本貫：陽川許氏<br />
字：清源<br />
お墓：京畿道坡州市</div>
<h2>ホジュンの功績</h2>
<p>ホジュンの功績は朝鮮王朝実録の「宣祖実録」と「光海君日記」で見ることができます。</p>
<h3>王族の侍医として活躍</h3>
<p>内医院に入ったホジュンは、王族や高官の診察・治療を任され、第14代王・宣祖の信頼を得ると、侍医として重用されました。</p>
<p>1590年には、世子・光海君の天然痘を治療したこと、彼は正三品堂上にあたる「通政大夫」に昇進しています。</p>
<h3>朝鮮医学の集大成「東医宝鑑の完成」</h3>
<p>ホジュンの最大の功績は、朝鮮医学の集大成「東医宝鑑」を完成させたことです。</p>
<p>14年の歳月をかけて完成させた東医宝鑑（トンイボガム）は、病気の原因や治療法、予防などを整理した実用的な医学書で、朝鮮だけでなく中国や日本でも広く読まれました。</p>
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</div>

<h2>ドラマと史実の違い</h2>
<p>ドラマ「ホジュン」は、ホジュンの生涯を史実をベースに架空の人物を加え、フィクションを盛り込んだ作品です。</p>
<p>特に、次の点が史実と大きく異なります。</p>
<p>・ユ・ウィテ、ドジ、イェジンは架空の人物<br />
・ホジュンが師匠を解剖した記録はない<br />
・科拳には推薦で合格（主席合格していない）</p>
<p>史実で欠落した部分は、創作のエピソードで脚色されていますが、ホジュンの医術に対する信念や志はドラマも史実も変わりません。</p>
<h2>ホジュンの現在医療への影響</h2>
<p>現在の韓国では、ホ・ジュンは「医聖（医学の聖人）」と称され、国民から深く尊敬されています。</p>
<p>彼が編纂した医学書「東医宝鑑」は、2009年にユネスコの「世界記録遺産」に登録され、現在でも医療現場で活用される貴重な医学書です。</p>
<p>また、ホジュン記念館（ソウル）にはホジュンの功績が集められ、ホジュンの功績を後世に伝えています。</p>
<h2>関連する記事</h2>
<p>ホジュンについては、家系図、実話、東医宝鑑、妻ダヒをテーマに別記事でご紹介しています。更に詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。</p>

<a rel="follow" target="_blank" href="https://justarandomnote.com/hojyun-kakeizu2295/" title="ホジュンの家系図【謎の多い伝説の名医の家系とは】" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img loading="lazy" decoding="async" width="160" height="90" src="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-160x90.jpg" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-160x90.jpg 160w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-300x169.jpg 300w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-1024x576.jpg 1024w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-768x432.jpg 768w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-120x68.jpg 120w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-320x180.jpg 320w, https://justarandomnote.com/wp-content/uploads/2023/03/eye-catching2295a-e1696994237390.jpg 1280w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">ホジュンの家系図【謎の多い伝説の名医の家系とは】</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">韓国医学の名医でありながら、出生を含めて謎の多いホジュン（許浚）です。そこで、ホジュンの家系図から出自や家族、時代背景や生涯をわかりやすく解説します。</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://justarandomnote.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">justarandomnote.com</div></div><div class="blogcard-date internal-blogcard-date"><div class="blogcard-post-date internal-blogcard-post-date">2025.06.15</div></div></div></div></a>

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<h2>まとめ</h2>
<p>ホジュンは、実録や族譜に数多く記録が残る朝鮮時代に活躍した実在の医師でした。</p>
<p>彼は、賤民の身分で医術を学び、内医院で功績を上げて、最後は御医にまで上り詰めました。</p>
<p>ホジュンが編纂した「東医宝鑑」は朝鮮医学の集大成として評価され、現在でも貴重な医学書として活用されています。</p>
<p>ドラマでは一部フィクションが加えられていますが、ホジュンの医術にかける信念と功績は史実に裏付けられたもので、現代の韓国では「医聖」として称され、多くの人々に尊敬され続けています。</p>
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