シンイの最終回のその後はどうなったのでしょうか?
登場人物たちのその後の運命は?
「最終回のその後」を実際の史実の視点で追ってみました。
チェ・ヨンとユ・ウンスのその後
シンイの最終回で遂に、ユ・ウンスはチェ・ヨンと再会することができました。
チェ・ヨンとユ・ウンスは結婚したのか?
史実におけるチェ・ヨンの妻(正室)の姓は柳(ユ)、本貫は文化です。
昔の女性のことなので、ほとんど詳しいことは記録にありません。
しかし、チェ・ヨンがユ・ウンスと同じ姓の柳(ユ)さんと結婚したことは間違いありません。
これは、作者がチェ・ヨンとユ・ウンスを史実で結ばせた仕掛けと思われます。
チェ・ヨンと妻の間に子供は?
チェ・ヨンと妻の間には2男1女の子供が生まれています。
長男の名前は崔潭、次男の名前は崔彦でしたが、詳細は不明です。
ユ・ウンスはもちろん架空の人物ですが、物語のその後としては、ユ・ウンスは幸せな生涯を送ったと解釈したいですね。
【PR】スポンサーリンク
チェ・ヨンのその後
ドラマ「シンイ」の最終回で、チェ・ヨンは元から奪還した鴨緑江西域の地でユ・ウンスを待っていました。
これは史実でチェ・ヨンが鴨緑江西域を奪還したのは1355年のことです。
戦いで多くの功績を上げる
チェ・ヨンは最終回の後に、紅巾賊との戦い、元との戦い、倭寇との戦いなど数々の戦いで功績を上げています。
1388年には朝廷の最高位・守門下待中まで上り詰めました。
チェ・ヨンの大きな過ち
武将として数々の戦功を上げ、政治家として頂点に立ったチェ・ヨンでしたが、最後に大きな過ちを犯します。
1388年4月に決行した遼東征伐です。
李成桂の反対を無視して、大軍を明の遼東地方に送りました。
しかし、これは大失敗に終わります。
チェ・ヨンの最後
威化島回軍で開京に引き返してきた李成桂と曹敏修により都城は陥落、チェ・ヨンは捕らえられてしまいます。
チェ・ヨンは流刑となり、その後、処刑されています。
享年73歳でした。
チェ・ヨンについて詳しくは>>シンイの崔瑩(チェヨン)は実在した武将【李成桂と対立した名将】 をご覧下さい
【PR】スポンサーリンク
チェ・ヨンの娘が王妃になる
史実のチェ・ヨンには妾との間に年を取ってから娘が生まれています。
娘は第32代高麗王・禑王と結婚し、寧妃崔氏と呼ばれています。
後ろ盾のいなくなった禑王はチェ・ヨンを義父とするために、チェ・ヨンの娘を妃に迎えたのです。
しかし、禑王はすぐに廃位となり、寧妃崔氏も僅か3ヶ月で廃位とされています。
登場人物のその後の運命
主要な登場人物のその後の運命を史実から辿ってみます。
奇皇后の兄キ・チョルは高麗王を王とも思わぬ態度で好き勝手に振る舞っていましたが、恭愍王のより処刑され、奇氏一族は完全に粛清されました。
魯国公主は出産時に亡くなってしまい、落胆した恭愍王は公務を放棄、私生活が乱れた恭愍王は最後は臣下に殺害されてしまいます。
恭愍王について詳しくは>>恭愍王の家系図【愛する王妃・魯国公主を失った失意の王】 をご覧下さい
シンイには、若い頃のイ・ソンゲが登場していますが、イ・ソンゲは朝廷で実権を握る李仁任、チェ・ヨンなどを次々と倒して、高麗王朝を終わらせ、朝鮮王朝の初代国王に即位しています。
まとめ
「シンイ-信義-」の最終回を史実の視点から振り返ると、物語の結末に新たな意味が見えてきます。
史実のチェ・ヨンがその後どのような生涯を送ったのか、妻はユ・ウンスに似ているのか、想像は尽きません。
また、「シンイ」の登場人物は単なるキャラクターでなく、実際の高麗時代を彩った人物像を感じさせる存在です。
ドラマをきっかけに、さらに深い高麗時代の歴史や、チェ・ヨンの生きた時代背景に興味を持っていただけたら幸いです。